【フィンランドで知ったこと】なにもできなくて当たり前

海外ひとり旅が趣味だと言うと、決まって聞かれるのが「一番好きな国は?」。
再訪したい国・住んでみたい国はいくつもありますが、この質問には「冬のフィンランドの北極圏」と答えます。

二度目のフィンランド旅行で訪れた、北極圏にある村「イナリ」。
訪れたのは2月、一年の中でもことさら寒い時期です。
そのとき気温はマイナス15度〜25度。吐く息が凍って、まつ毛に氷の粒ができる寒さです。
主にトナカイ農場とオーロラ鑑賞が村の観光資源なのですが、他には原住民サーミ族に関する小さな博物館とお土産屋さんくらいしかない、本当に田舎。田舎というかもはや森。
どれくらい森かというと、「隣の家は3キロ先」でその隣家の間にも森が生い茂っている、というくらいに森。お店はミニスーパーが1軒しかなく、電気と水道とインターネットがスイスイ通っているのが奇跡のような場所です。(フィンランドは「大自然」のなかに「ハイテク」が普通に存在しているこのコントラストが面白い国です。)

普通に考えれば「それのどこがいいの?」というシビアな旅行ですが、この時に私が知ったのは「なにもできないことの素晴らしさ」でした。

外にいたら基本的に凍って死ぬので、建物の中で暖かいものをいただけるだけで最高に幸せ。味だのメニューだのレビューの星の数だのはどうでもよくて、暖が取れるというそれだけで救われます。
うっかり道に迷おうものなら基本的に凍って死ぬので、その上雪が深くてただ歩くだけでも一苦労なので、徒歩15分の距離すら移動に慎重になります。
服装もオシャレなんてしようものなら凍って死ぬので、ファッションなんて二の次。死なないためにいかに着込むかということだけを考えて、家を出る準備も帰ってから防寒具を脱ぐのも何分もかかります。

加えて、冬の北極圏は「極夜」
緯度が高い地域では、冬になるとほとんど日が登らず、午後の2〜3時間だけ少し太陽が登って、すぐに夕暮れになる…という気候です(夏にはその逆でずっと日が登りっぱなしの「白夜」があります)。

寒くて暗くてなにもできない。

そんな旅行が、何よりも尊い体験になりました。

それまで旅行といえば、ガイドブックを見て友人のおすすめを聞いて、チェックリストを埋めるように財布と時計と地図を睨めっこしながらあっちへこっちへ駆け回るようなものでした。それでも廻りきれない名所もたくさんあって名残惜しく帰国する。

けれどここでは、なにもできなくて当たり前。ガイドブックに載っている観光地はほとんどないし、行ける場所もないし、行けるような環境ですらない。名物のオーロラも見れるかどうかは天気の運次第。

それでも、少し外をぶらぶらしてみたり、博物館でゆっくり時間が過ぎるのを待ってみたり、わずかな日の光をありがたがってみたり、そうしているだけで時間は過ぎていくし、それに対して「何かをし損ねた」なんていう感覚には全くならない。だってヘタに何かしようとしたら凍死するのだから。

日本の都会で暮らす日々の生活の中で、どれほど多くの情報に囲まれ、アレをしたらコレができないというタイムパフォーマンスに囚われ、次々と商品やサービスやイベントや体験をチェックリストのように消費しては廃棄しているのか、仕事に追われて余裕を失い、あまつさえその余裕のなさがまるで自分の価値の証明であるかのように錯覚しているのか、冬のイナリに来るとよくわかります。

そして全てのそういった自分の身にまとわりついた「価値と思い込んでいるもの」を洗い落として、ただ自分が今ここで生きられていることだけでいいのだと再確認し、また慌ただしい日本の日常へと帰ってゆくのです。